【問】
今年の5月、現在開催されている大阪万博に合わせて、ある船が大阪へやってきました。
この船は、江戸時代にある国から来ていた外交使節団が乗っていた船を再現して作られました。
江戸時代、将軍が代わったときなどに日本を訪れていたこの人々の名前を答えなさい。
【答】
朝鮮通信使
朝鮮通信使は、通常、江戸時代、江戸幕府と友好関係を結ぶために来日した使節団をさします。その主なルートは釜山→対馬→下関→瀬戸内海→大阪→京都→江戸です。1607年から1811年までの約200年間に12回来日し、うち11回は大阪を訪れていました。舞踊や工芸品などを日本に伝え、文化交流の役割も担っていました。
韓国の国立海洋遺産研究所が当時の資料をもとに朝鮮通信使船をできるだけ忠実に再現し、今回の万博に合わせて可能な限り当時のルートをたどって大阪に到着しました。当時の様子の歴史的考察や、日韓交流が目的だということです。
瀬戸内海は、朝鮮通信使にとって安全で効率的な通り道であり、寄港地には通信使が伝えたものが残っています。
広島県では、古くから交通の要所であった鞆の浦(福山市)に通信使が訪れていました。現在の鞆の浦は江戸時代の面影が残る港町として、観光地となっています。
岡山県の牛窓(瀬戸内市)では、朝鮮通信使が伝えた唐子踊りと呼ばれる伝統的な踊りが現在でも受け継がれており、無形民俗文化遺産に登録されています。
室町時代に始まり、朝鮮出兵によって一旦途絶えた朝鮮通信使ですが、対馬藩を通じて復活しました。その後、1910年の韓国併合、日本の敗戦を経て、戦後1965年の日韓基本条約によって国交が回復しました。今年は韓国と国交が回復して60年目です。今回の航海は、過去と現在をつなぐ歴史的な試みであるともいえ、こういった交流をきっかけに両国がよきパートナーとしてつきあえる日々がくることを期待します。ロシアのウクライナ侵攻を見ていると、隣国との関係が重要だと痛切に感じます。
(己斐教室N)